すずきち
ようやく大学院まできました。
22歳の頃なので、2018年から遡るとすでに6年前のことになります。
赤ん坊が小学生になる時間ですよ。驚愕です。
赤ん坊の伸びシロに負けないように、自分の時間を生きて、濃密な時間を過ごしていきたいものですね。
それでは大学院篇スタートです!
目次
NO就活→大学院で現代アートを学ぶ
作家になるためにはどうすればいいか。
当時の成功パターンは美大や芸大からギャラリーにデビューしてプロの道を進む。
といったパターンが多かったので、すずきちも芸大に行けばなんとかなるかもしれない、くらいの気持ちで進学しました。
京都市立芸術大学の大学院です。
専攻は彫刻科。
今でこそDIYでキッチンシンク自作したり、無垢のフローリング貼ったりなどの古民家改修をしていますが、簡単な大工仕事は大学院時代に身につけたといっても過言ではありません。
もちろん、大学院にいかなくてもDIYのテクニックは身につきますが・・・笑
とにかく、大学院に進学しました。
また一歩、アーティストに近づいた。
当時のぼくは本気でそう思っていました。
挨拶ができない芸大生
大学学部時代に経験した映画の現場では、1に挨拶、2に挨拶、といった風潮です。
それに対して芸大はというと、こちらが挨拶をしても「・・・ウ〜ス」か「・・・」です。
芸大に行って、挨拶がない(できない?)ことにカルチャーショックを受けました。
まあ、挨拶ができなくても死ぬことはありませんが、挨拶はした方が気持ちいいよね!と思う人間としては、結構辛かったです。笑
挨拶のできなかったあの人たち、今はどうしてるだろうか。
ダジャレでアート?
言葉遊びに注目した作品を作っていました。
今から思うと、ちょっとよくわからないんですが、食パンの耳(端っこの部分)を水でふやかして、コネコネ整形してじぶんの耳を塑像したり、サトウの切り餅を超写実的にキャンバスに等身大で描いてもらったり。
意味不明だと思うのでもう書きませんが、まあ、そういうことをやっていました。
韓国で滞在制作、スンドゥブうまい。
ぼくの思考の癖ですが、帰納的に考えることが多いです。
あの人もあの人もこの人も〇〇してアーティストになっているから、自分も〇〇したらアーティストになれるんじゃないか、という風に。
そこで、考えました。
「成功してるアーティストは海外で滞在制作をしていることが多い。」
「自分も海外で滞在制作したらアーティストになれるんじゃないか!」
韓国のスタジオで募集があったのでそれに応募して清州市(Cheongju)という街に2ヶ月滞在することになりました。
たまたま日本人の作家が同じタイミングでスタジオに入居していたので、韓国人の旦那さんとも親しくなりました。
冗談抜きでほぼ毎晩ビールとマッコリ飲んでたと思います。
そして行きつけの食堂のスンドゥブが超おいしかったんですよね。
いやあー、本当にまた、ぜひ家族でいきたいです。
犬を食べる
韓国は犬を食べる文化があります。
多少抵抗はありましたが、食用に飼育されているものらしく、味噌煮込みでいただきました。
ラムと鶏肉の間くらいの食感で、お肉の味は味噌でよくわからないことになっていました。
近年は動物愛護などの観点から食べる人は減ってきているという話もききました。
精力がつくので、日本でいうウナギみたいなものだよ、という説明を受けましたが、ウナギを食べる人は減らないだろうな、などと思った記憶があります。
ロンドンに留学、スンドゥブうまい。
京都市立芸術大学には「交換留学」という制度があります。
その名の通り、学生を他の大学同士で交換留学させるシステムです。
ぼくはロンドンのアートスクール、「ロイヤルカレッジオブアート」の彫刻専攻に行きました。
EU圏以外の学生は年間500万くらいの学費を払って在籍していたはずですが、すずきちは3ヶ月だけの短期留学だったのでそう行った支払いはありませんでした。
その代わり現地では自分で借りる家を探して、生活して行かなくてはいけません。
自分で住む家を探すのは当たり前なのですが、見つかる前ではゲストハウスなどで仮住まいということになります。
その仮住まいを提供してくれたのが、韓国で滞在制作をしていた時に仲良くなった韓国人の友達、知人でした。
彼は寿司屋を経営していて、その2階を利用していいよ、ということでした。
点と点が繋がっていき、ありがたい連鎖に恵まれていました。
今思えば全体的にツイていた時期でした。
そしてそこの寿司屋のメニューにスンドゥブがあったので注文してみると、それがまたウマいんですよね。
ヨーロッパにいくときの乗り換えが仁川空港だと、必ずスンドゥブを食べるくらい、すずきちはスンドゥブが好きです。
好きなもの:スンドゥブ
とプロフィールに書けるくらい、好きです。
ああ、今この記事を書きながらとてもスンドゥブが食べたくなってきました。。。
丸刈りになる癖
20歳くらいから、定期的に頭を丸刈りにしたくなる衝動があります。
1年に一度は丸刈りになっていました。
御多分にもれず、ロンドン生活でも丸刈りになりました。
それがこれです。
この後ちゃんと坊主にしてもらえました。
着ぐるみでアテンションプリーズ
ロンドンにて修了制作をつくるつもりでやってきていました。
しかしどちらかというと、いつのまにかロンドンに来ること自体が目的になっていたようです。
なので、目的は当初に果たされてしまい、留学する意味、目的を見失っていました。
そんな状況をみえる化する、そしてそんな自分を笑い飛ばす、そういう感じのパフォーマンスをすることにしました。
↓↓↓それがこれです↓↓↓
ポンキッキーズのPちゃんではありません。
ちなみに、京都に戻ってこれを大学に提出したら同窓会賞という賞をいただきましたw
そして妊娠・・・
Pちゃんで受賞したその頃、当時の彼女が妊娠しました。
お正月くらいでした。
僕らに産まないという選択肢はなかったので、即座に関係各所に報告をして、挨拶、結婚式の段取りを進めました。
あまりにも唐突に父親になることが決定し、戸惑いがなかったといえば嘘になります。
ですが、大学院を終了したら結婚するつもりだったので、迷いはありませんでした。
スススーっと、意思決定がされた感じ。
付き添いで検診にいくとお腹の中でちゃんと命があるんやなー、と感慨深いものがありました。
いざ出てきたら嵐のような毎日ですが・・・笑
今は下の子もいて大変賑やかな日々を過ごしておりますw
すずきち
だいぶ好き勝手させてもらっていたのが大学院時代でした。ここまでできたのも本当に周りのサポートがあってのことなのです。
そんなこんなでパパになりましたが、ここからの1年は、自称作家時代のまーったく稼げないすずきち暗黒時代の幕開けだったのです・・・。
次回予告:すずきち物語⑥サラリーマン篇
↓↓↓目次↓↓↓
- 自称作家のイクメン時代
- ヒモからの脱出
- 老舗企業に就職
- 海外事業を拡大せよ
- 非エッセンシャルな労働内容(お寺、神社、ヨーロッパ)
- 海外出張(ドイツ1回 イギリス1回 フランス2回)で調子に乗る精神性
- 残業でAM3時帰宅
- がむしゃらにやってはいけない
- 心身がすり減る感覚ー愛妻弁当の味がしない、止まらない手の震え、原因不明の湿疹
- 極めつけの咽頭炎ー豆腐ゼリーランチの日々
- 辞表を提出
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